現代の浮世絵師杉浦日向子の漫画家としての魅力を徹底解剖!!

お江戸漫画の第一人者と言えば杉浦日向子。浮世絵がそのまま漫画になっているような画風は圧倒的なオリジナリティです。粋でいなせな漫画家の作品世界に迫ります!

杉浦日向子とは

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杉浦日向子さんは、時代考証家であり漫画家です。時代考証家とは、時代劇など映画やテレビなので描かれる歴史的な風俗を、その時代の史実にあっているかどうか検証する人の事です。

言葉遣いや生活習慣、名称、政治、服装、建築物など検証内容は多岐に渡ります。日向子さんはその分野の大家に弟子入りし、専門に勉強された方でした。ゆえに日向子さんの描かれる漫画は、しっかりとした時代考証のうえに成り立つ漫画です。

浮世絵を下敷きとした独特な画風、江戸の空気感をそのまま伝える作風、日向子さんの漫画家としての立身は、この時代考証という大きな武器があったからこそとも言えます。

百日紅

初の映画化

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散れば咲き 散れば咲きして 百日紅』江戸の女流歌人、加賀の千代女の句。杉浦日向子さんの代表作「百日紅」の単行本第一巻の序文は、この句で始まります。百日紅の花のたわわに咲くしたたかさに、江戸の絵師葛飾北斎がだぶり、タイトルにしたとの事。

まずはこの「百日紅」という作品から、杉浦日向子さんの漫画の魅力に迫っていきたいと思います。「百日紅」は、葛飾北斎とその周辺の人物を描いた作品。2015年に長編アニメーション映画化されました。

北斎を俳優松重豊さん、北斎の娘お栄を女優さん、北斎の弟子善次郎を俳優濱田岳さんがそれぞれ声優を務め、「クレヨンしんちゃん」の映画を担当した原恵一氏が監督、数々の賞を受賞しています。

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映画化には非常に驚かされました。原作の発表は30年以上も前の1980年代、現在単行本は絶版(文庫版は発売中)。多くの人に愛される傑作ですが、いわゆる大ヒット作品ではありません。

と思ったら、原監督と杏さんが杉浦作品の大ファンらしいので、その辺りが発端なのかも。そして、原作者の没後10年記念ということか、と思い当たりました。杉浦日向子さんは2005年に亡くなっています。46歳の若さでした。

江戸人としての視点

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映画では、主に北斎の娘お栄に焦点を当てていましたが、原作は連絡短編形式の一話読み切り、北斎を主人公としてはいますが、本当の主役は江戸そのものです。人情、恋愛、風景、江戸という街が生き生きと描かれています。

力強い画力と大胆な演出力、構成力。確かな時代考証に基づいた風俗描写力。誰にも真似の出来ないオリジナリティ。杉浦日向子さんの作品は、しばしば「文学漫画」とも呼ばれています。

彼女の視点は現代人としてのそれではなく、江戸を知っている人の視線です。作者から『ちょっと前まで江戸に住んでました』と言われても、納得してしまいそうな自然なリアリティがあります。

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実際杉浦さんも『毎年ひと月は江戸時代に住みたい』とエッセイに書かれていました。杉浦さんにとっての江戸は、我々がアメリカに留学したいとか沖縄でしばらく暮らしたいと思うのと同じ事のようです。

資料のもとに描くのではなく、江戸の空気を吸った者が描く。それが『百日紅』の、そして杉浦漫画の大きな魅力のひとつです。

北斎漫画

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冨嶽三十六景」で知られ、生涯で3万点もの作品を残した葛飾北斎。この奇才の浮世絵師を題材に漫画を描くという事は、当然、北斎の浮世絵も描く必要があるワケで。作中に出てくる杉浦作北斎画が、素晴らしいのです。

画風に非常に説得力があり、しかも杉浦さんならではのおかしみがあります。絵がどことなく、ユーモラスなのです。この漫画を読んで、実際の北斎の絵と比べるのも面白いと思います。

北斎自身に、「北斎漫画」という絵手本(スケッチ画集)があるのも、なんだか面白いですよね。北斎も自分が漫画の主役になるとは思ってもいなかったでしょう。

百物語

魑魅魍魎と杉浦日向子

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杉浦さんの魅力を測る作品としてもうひとつ、「百物語」があります。現在文庫版が発売中。題名の通り、妖怪や魑魅魍魎、不可思議なお話を集めた短編集です。「百日紅」より後の作品で絵のデザイン性が高くなっています。

今の怪奇・ホラーとは違い、因縁やら怨念やらはなく血飛沫は飛ばず内臓も飛び散りません。怪異がとても身近です。怪異に遭遇した人々は余り驚かないし、怪異の方もなんとなくやって来て、なんとなくいなくなります。あまりにも日常的です。

これは作者にとっても同じで、きっと杉浦さんは幽霊や妖怪の1人や2人は見ているし、なんなら飼ってるんじゃないかくらいの勢いで、普通のスタンスで描かれています。

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一話が三頁から十頁ほどの話には、なぜ、とか、どうして、とか、そしてこうなった、という説明がありません。起こった事をそのままに。ゆえにリアリティがあります。角を曲がったらお化けがいたので引き返した、という感じ。

屋敷の廊下で夜になると魚が泳いでいる。溺れるといけないので夜は廊下に出ない。・・・対応策それだけ!?こんなお話が集まり、シュールと言えばそうなのですが、心地が良い抜け方です。

原因を追究したり、大慌てで対応したりなどは、野暮と言うものなのです。

粋な漫画

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杉浦さんは、漫画家引退宣言をした時は『隠居生活をするから』、レギュラー出演していたNHKのテレビ番組を降板した時は『豪華客船で世界一周の旅に出る』と発表しました。

しかし実は病気のために第一線を退いたと判明したのは、亡くなられた後の事でした。自分の弱みを見せず去り際はきれいに。杉浦日向子さんの潔さ、粋な生き様の表れだったのだと思います。

そんな彼女の粋な佇まいは、描く漫画にも色濃く出ています。余分な描写や説明がなく、通人が描いた事は分かるが適度な抜けもある。俳句のような作風。日本人も日本人じゃない人も、同じ魅力を感じる漫画家です。

粋に生きたい人々のお声

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最後に

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江戸時代の時間の数え方は、一刻(いっとき)が現在のおよそ2時間に当たるそうです。半刻が1時間、四半刻が30分、それ以下の数え方はありません。現代よりずっと、時間の流れがゆったりしていた事が分かります。

杉浦日向子さんの作品を読むと、知らずその時間の流れの中に自分も身を置いている、違う時代の違う時間の中で、ぽかぁんと空を見て過ごしているような贅沢な刻を貰えるのです。そこが、杉浦作品の最大の魅力かも知れません。

みなさんも心ぬくもる昔の東京‘江戸’を、のんびり旅してみませんか?